私の電波、特にアンテナに関する研究、雑感

1.アンテナの設計

  • 電波の歴史は意外と短く、マルコーニによる北大西洋間における通信実験から数えて100年がようやく経過したところです。しかしながら、皆様もご存知のように、電波はいろいろな場面で幅広く応用されています。最近話題となっているRFIDタグ、UWB通信も電波の応用例といえます。
  • 私の専門分野はこの電波の出入り口とも言えるアンテナです。アンテナは単に設置すればよいというものではなく、電波というエネルギーを最大限にキャッチしたり送出したりすることが求められます。学生さんによく受かるアンテナの説明をするとき、ギターの弦を例として引き合いに出します。ギターの弦を弾くと、ある高さ(=周波数)の音だけが鳴ります。具体的には、弦の長さが半波長に相当するときに最も良く鳴ります。アンテナの場合も同様に考えることができて、ある大きさ・形状に対して最も受かる周波数が存在します。アンテナを設計するということは、ちょうどこの逆にあたり、簡単に言ってしまえば、所望周波数に対して最も受かるようにアンテナの大きさ・形状を決めることに他なりません。

2.私の研究トピック2選

  • アンテナ工学の専門家として、本来であればアンテナの設計に関する研究を進めて行くのが筋なのでしょうが、現在進行中の研究はアンテナ周辺の測定技術の開発・検討にシフトしています。近頃のアンテナは、アンテナ単独で動作できることはまれで、周辺の基板や環境を考慮した上で設計されることがほとんどです。このようなアンテナを設計するためには、古典的とも言うべき数式だらけの解析や数値解析という手法を利用して解析を行うことはもはや現実的ではなく、市販のアンテナ・電磁界シミュレータソフトウェアを利用するのが一般的です。シミュレータ上で構造パラメータを振って最適設計を行うことは開発ベースに近いところにあり、大学における研究は開発ベースの近くで実施するのか、それとも他の道筋で行っていくのか、悩ましい問題を抱え込んでいると感じております。
  • さて話を元に戻して、私が現在行っている研究を2つ紹介したいと思います。まず1つは、小型アンテナの放射効率測定に関する研究です。放射効率とは、文字通りアンテナに入力された電力のうちアンテナから放射する電力の比率を表しています。何故この量が重要かということについて、携帯電話を例にして述べてみたいと思います。昨今の携帯電話は電気特性云々というよりもデザイン勝負という感がありますが、電気的に言えば、受信感度が良くて、かつ、電池が長持ちすることが至上命題となります。受信感度は放射効率にも依存しますから、放射効率をなるべく1に近づけて受信感度を上げて、不要な電力消費を減らし、電池を長持ちさせることが重要な開発アイテムです。一般に、放射効率を測定するためには、電波暗室内にアンテナを設置し、全方向における放射電力をすべて足し合わせる必要があり、大掛かりな設備と膨大な測定時間を必要とします。それに代わる手法として、アンテナをシールドで覆った時と覆わない時の入力特性を測定するだけで、短時間で効率を測定する方法があります。私たちが取り組んでいる測定法はこれを拡張した方法で、シールドを導波管と可動短絡で実現しています。しかし、この方法には周波数によっては物理的にありえない効率の落ち込みが生じるという欠点があります。私たちは、伝送線路モデルという比較的単純な回路モデルを導入して、効率の落ち込み現象の解明及びその回避法について検討しています。
  • もう1つの研究は、携帯端末のSAR(比吸収率)の較正装置に関する研究です。SARは単位質量あたりの生体に吸収されるエネルギー量に相当しており、総務省令で人体頭部におけるSARの許容値が制定されています。SARの較正は、プローブを組織等価液剤で満たされた導波管内に挿入することで行われるのが一般的です。昨今3GHz以上における携帯端末の使用が見込まれているため、この周波数帯におけるプローブ較正が必要となっています。しかしながら、上述の較正装置では導波管サイズに比べてプローブ径が無視できないため、較正における不確かさが増大する懸念があります。そこで、導波管を用いない較正法として、新たにフリスの伝達公式に基づくSARプローブ較正法の開発に取り組んでおります。組織等価液剤は生体と類似の電気特性を持っているため、その液剤中での電磁波の減衰は非常に大きく(10cmで千分の一から一万分の一の電力に減じる)、開発上大きな問題となっていますが、現在、3つのアプローチによってこの問題点を解決すべく研究を進めているところです。この研究は(独)情報通信研究機構と新潟大学との共同研究として実施しております。

3.電波の振る舞いを看過する

  • 何でもできるシミュレータは存在すれど、得られた結果が良く分からないということをよく聞きます。また、原理だけでは説明がつかないことも多く、想定されていない動作をしてしまうこともあります。電波が目に見えないために、どういう現象が起きるのかを直観的になかなか理解しにくいとも言われます。このような問題を解決する妙薬はあるのかと問われることもあります。即効性のある手だてはないと思いますが、私なりに常日頃心掛けていることは、与えられた問題に対してアンテナやその周辺で電波がどのように振舞うだろうかと考えることです。シミュレーションや実験結果などを通して、その推測が当たったときの喜びは何物にも代え難いものがあります。たとえていうなら、推理小説を読み解いていくスリルに似たものがあるのかもしれません。