水も滴るいいハナシ

   

なぜ水中電波を研究しているのか

  • 電子情報通信学会 水中無線通信特別研究会に寄書したもの(2020年12月19日)を転載します。

佐渡の見える風景

  • 私の職場は日本海がすぐの丘の上にある。窓越しに海をみやると、エメラルドグリーンの様相をみせることがある。これから天気が悪くなる徴候だ。また、雨が多く降った翌日からは海の一部は土色となっている。川から土砂が海に流れ込んでいるようだ。赴任した当時は、海の色の変化が珍しく、驚いたものだ。雪が降ろうものなら、海岸の先の方から雲がわきたち、横なぐりの風と共に陸の方にやってきて、大粒の雪が窓ガラスを叩き、音をかき鳴らす。育ちが海辺でなかったためか、海の表情は私にとって未だに当たり前の風景ではなく、いつもの違った顔をみせてくれる。
  • 職場からみる、佐渡島の向こうに落ちていく夕焼けは美しいと思うばかりで、電磁波の反射と屈折の現象の一環である、そのメカニズムはそっちのけになってしまう。液体が関係した屈折といえば、光領域での空気と水の間での屈折、スプーンが曲がって見えてしまうぐらいしか思いつかず、空気と海水の間での屈折はどうなるのかなどとは想像だにできなかった。また大学の授業では、マイクロ波帯の周波数あたりでは、人体とか海中では減衰が大きすぎてほとんど電磁波は伝わらないと習ったこともあり、海水は塩分が多く、機器を腐食してダメにしてしまう厄介ものというイメージしかなかった。

面倒に首を突っ込んでしまう

  • それがひょんな拍子で、損失媒質中でのアンテナや電磁波の振る舞いを研究しなければならなくなった。人生とは思ったとおりに行かないもので、私の場合は、研究テーマも一番面倒だと思っていた方向に向いてしまった。損失媒質を取り扱うためにはどうすればよいか? 最も簡単なのは、媒質の損失を表す減衰定数を考慮することだ。簡単にいうと、いくらいくら波が進んだら、波の進行の分だけでなく、波の大きさも徐々に(指数関数的に)小さくしていくといった図式だ。先ほど出てきたマイクロ波帯の周波数であれば、海水の場合、この減衰の割合が大きく、すぐに小さくなってしまう。使いものにならない。
  • 周波数を下げて、VLF帯にすると、減衰定数が小さくなるため、海水は導電媒質であるものの、多少は電磁波を通しやすくなる。周波数を10kHzとするとき、100dBの測定ダイナミックレンジを想定すると、30m程度は伝送可能ということになる。それであれば、アンテナさえ用意できれば、VLF帯の周波数で何かしらの伝送システムが組めるのではないかということで、海水での電磁波について取り組み始めた。

到達時間最短経路ならぬ最小損失経路

  • 最初は海中での電磁波の振る舞いに疎く、電磁波の教科書に載っている話に上の損失因子を追加した形で現象を紐解こうとした。海面からある程度深い海ではそれでよかった。しかし、実際のアプリケーションを考えた場合、海面近くか海底近くを扱うことが多く、そのことが我々に難題を突き付けた。つまり、前述の海中を伝わる直接波だけではどうしても説明できない現象が起きたのである。直接波の減衰の割合よりも小さな減衰の割合で波が小さくなっていくのだ。実は、このような結果は2000年代以降に発表された論文における類似の海中伝搬実験でも得られているが、論文ではその現象を十分に説明できていなかった。
  • 種明かしをすると、この現象は1960年代には知られていた現象で、head wave とか lateral wave と言われるたぐいのものである。海中の送信アンテナから波は海面に向かって減衰しながら進み、海面に出て、海面上の大気を通じて受信アンテナの直上の海面に達し、その後、海面から受信アンテナに向かって減衰しながら進むという波である。そして、この波が直接波よりも強いために、直接波の減衰の割合と異なった割合で波が小さくなることがあるということである。数値シミュレーションを行ってみると、確かに、直接波よりもこの波が速く到達して、直接波のみとは違う電磁界分布を作り出していることがわかる。
  • 海中で発せられた波が海面に向かって減衰しながらも垂直上昇し、海面で直角に屈折し、再び、海面で直角に屈折し、海中に向かって減衰して垂直下降するという訳である。

日本海の夕焼けはすばらしい

  • 入射角と屈折角が限定されてしまうのが、導電媒質における入射・屈折における性質であり、実は私が見とれた夕日が海に沈むときに、夕日の向かってくる方向に海面が少しぎらぎらしている現象の裏返しではないかと考えたりすることもある(正確には解釈を間違えているかもしれません、その際はどなたかご指摘下さい)。
  • 結局、美しい海にみとれ、気が付いたら、虜にされていたということなのかもしれない。